中間素材保管と利活用に関する法的留意点−「渡部コレクション」とその学術利用を事例として
1970年代から90年代にかけて、制作会社とクリエイターとの暗黙裡の関係性において、「渡部コレクション」は形成されてきました。(記事2「アニメ中間素材とその保管についての課題」、記事3「渡部英雄氏と「渡部コレクション」形成過程」)ただし、2016年以降は、「渡部コレクション」はクリエイターの手元を離れ、アニメ業界外の主体であるアニメ・アーカイブ研究チームによって保管されています。中間素材の保管において留意する点は実にさまざまなレベルにおいて存在します。ここではアーカイブ運営者が知るべき中間素材に所在する権利について述べます。この記事は、知的財産を専門とする弁護士・出井甫氏の法的分析に基づきます。
中間素材に所在する権利
①著作権
「渡部コレクション」の多くには、アニメのデザインやストーリー等が描かれています。これらには、作者や制作スタッフ等の「思想又は感情の創作的表現」が含まれていることから、著作権が発生していると考えられます(著作権法2条1項1号)。
もっとも、同コレクションのなかには、タイムシートや手書きのメモなどがあります。その中には、誰が書いても変わらないと思われる短い指示や説明、客観的な事実、制作進行上のルールなどが多くを占めているものも想定されます。そうした中間素材には、作成者の「思想又は感情の創作的表現」が含まれていないとして、著作権が発生しないと評価される可能性もあります。
他方、「渡部コレクション」には、原作の存在する作品を扱ったものが含まれています。著作権法上、既存の著作物の本質的特徴を維持しながら、それに加工変更を加えた創作物は「二次的著作物」として、原著作物の著作権者の権利が及びます(同法28条)。例えば、『夢戦士ウイングマン』のように漫画を原作とするキャラクター等各種設定、絵コンテ、原画、セル画、背景画などには、作者である桂正和氏の権利が及んでいると考えられます。
仮に、著作権者以外の者が著作物を利用する場合(例えば、複製、譲渡、貸与、公衆送信など)には、原則として、当該権利者(二次的著作物の場合は原著作権者を含む)の許諾を得る必要があります。
それゆえ、本件に限らず、アニメ中間素材を扱う際には、何が著作物に該当し、誰に著作権が帰属しているかを確認しておくことが、極めて重要になります。
②著作者人格権
また、著作物には、著作権のほか、著作者人格権が著作者に帰属します(著作権法2条1項1号、17条)。著作者人格権には、公表権(未公表の著作物を公開されない権利、同法18条)、氏名表示権(公衆に提示又は提供する著作物に氏名等を表示するか否かを決定する権利、同法19条)、同一性保持権(著作物を改変されない権利、同法20条)、名誉声望保持権(自己の名誉声望を保持する権利、113条11項)の4つが存在し、当該権利に抵触する方法で著作物を利用する場合には、著作者の許諾を得る必要があります。また、公表権と氏名表示権は、二次的著作物に対する原著作物の著作者にも発生します。そのため、原作のあるアニメを扱う場合は、同著作者の許諾の要否も検討事項となります。
前述の通り、「渡部コレクション」には著作物が含まれているため、各著作物の作者には、著作者人格権が発生していると考えられます。そのため、同コレクションを利活用する際には、当該権利にも注意しなければなりません。
③補足:営業秘密
不正競争防止法上の「営業秘密」は、権利ではないものの「渡部コレクション」を分析した際に検討事項として挙がりました。
一般に、同法上の「営業秘密」は、①非公知性(公然と知られていないこと)、②有用性(事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること)、③秘密管理性(秘密として管理されていること)の3要件を満たすものと考えられています(同法2条6項)。仮に営業秘密に該当すると、それを不正の手段により取得し、使用又は開示することが禁止されます(同法2条1項4号)。
では、「渡部コレクション」の場合はどうでしょうか。「渡部コレクション」を構成するアニメ中間素材は、放送前の制作過程で生じたものであり、世に出すことは想定されていません。そして、そこには作風や転写の方法など、制作上のノウハウ等が含まれています。そうすると、上記①及び②の要件を充足する可能性は相応にあると考えられます。もっとも、本事業の調査によれば、同コレクションが生じた当時、受注作品の担当スタッフに配布された中間素材の取り扱いについてのルールはとくになく、回収の手順や廃棄の指示はなかったようです。そのため、渡部コレクションは、必ずしも秘密として管理していたとは言い難いものになります。
したがって、上記事実を踏まえると、「渡部コレクション」は、上記③の要件を満たさず、「営業秘密」に該当しないと評価される可能性が高いと考えられます。
「渡部コレクション」のデータベース構築
「渡部コレクション」は、渡部英雄氏から新潟大学に寄託され、現在、同大学で保管されています。その上で、新潟大学は、渡部氏の委託に基づき「渡部コレクション」をスキャンニングし、これらの画像データを、本データベースに保存しています。当該行為は、著作物の複製(著作権法21条)に該当することから、原則、著作権者(原著作権者を含む)の許諾が必要です。
もっとも、著作権法には、著作権者の許諾がなくとも、所在検索サービス(*)に伴い著作物の一部を軽微利用し、又はそのための準備(データベースの構築等)をするために著作物の利用を許容する規定が存在します(同法47条の5第1項1号、同条2項)。
(*)「電子計算機を用いて、検索により求める情報が・・記録された著作物の題号又は著作者名、送信可能化された検索情報に係る送信元識別符号その他の検索情報の特定又は所在に関する情報を検索し、及びその結果を提供すること」をいいます(同法47条の5第1項1号)。
その上で、本データベースには、中間素材の作品名、制作年度、話数、制作会社、中間素材の種類等が項目化され、各項目に関するキーワードを、パソコン等を用いて入力すると、それに該当する中間素材が表示される仕組みが設けられています。なお、中間素材の解像度は、線のニュアンスよりも検索の利便性を優先する程度にとどめています。そうすると、新潟大学による画像データの保存は、同規定に基づく所在検索サービスのための準備に相当すると考えられます。
但し、上記制度のうち、所在検索サービスとして利用できる著作物は、「公表された」ものに限定されています。また、当該サービスを準備するために利用できる著作物は、「公衆への提供又は提示」されたものに限定されます。
そうすると、「渡部コレクション」のうち、少なくとも既に公表されているデザインを扱う中間素材や、制作会社から各スタッフ等に配布されていた資料などにおいては、当該制度によって許諾を得ずに保存することが許容され得ると考えられます。
なお、本データベースに保存された画像データは、ログインアカウントとパスワードが発行された関係者のみ(2023年12月現在は20名)が閲覧可能です。そのため、当該閲覧可能とする行為は、未だ著作物の「公衆送信」(同法23条)や「公表」(同法4条)には至っていないと思われます。
では、公表や公衆に提供又は提示されていない「渡部コレクション」については、どう処理されるでしょうか。
著作権法上、著作権者の許諾を得て著作物を利用しようとする者は、許諾を得ずに、その検討過程で、当該著作物をその必要と認められる限度で利用することが許容されています(同法30条の3)。例えば、ある企業がキャラクターの商品化を企画する際、当該規定があることで、そのキャラクターの著作権者の許諾を得る前に、内部の事前検討段階で企画書や会議資料等に当該キャラクターを掲載することができます。
なお、文言上、検討主体に制限はないため、著作物を利用しようとする者以外の第三者とともに検討することは可能ではありますが、不特定多数に閲覧させる行為は「必要と認められる限度」を超えると考えられています(*)。
(*)小倉秀夫・金井重彦編「著作権法コンメンタール2[改訂版]」(第一法規、2020年)58頁[金木重彦=芝口祥史]。
その上で、改めて「渡部コレクション」について考えると、新潟大学は、前述の通り、これらの学術利用を検討しています。ただ、渡部氏から寄託された中間素材には、劣化が著しいものや、青焼きのものも多数含まれていました。そのため、このまま現物のみ保管していては、いざ、許諾を得て利用できる段階になったとしても、時間的な損耗によって利用目的が達成できなくなることが懸念されます。一方、「渡部コレクション」には、扱う作品やその制作の従事者が複数関わっているため、許諾先を確認し、連絡をとる際、予め中間素材を整理しておくことは有用です。
そうすると、「渡部コレクション」の学術利用に先立ち、著作権者の許諾を得る検討過程で、中間素材を画像データとして保存し、これをデータベース化する行為は、同法30条の3によって許容されると考えることも可能です。
もっとも、当該規定の適用は、利用許諾を検討する過程の範囲に限られるため、「渡部コレクション」を不特定多数に閲覧させる場合には、別途、許諾の要否を検討する必要があります。
アニメ『夢戦士ウイングマン』中間素材の展示会
新潟大学は、渡部氏の同意を得た上で、渡部コレクションの一部を用いて、アニメ『夢戦士ウイングマン』の原画・絵コンテ・脚本を展示する一連の展覧会を行っています。当該行為は、著作物の「展示」(著作権法26条)に該当することから、原則、著作権者の許諾が必要です。
また、アニメ『夢戦士ウイングマン』の原画・絵コンテ・脚本には、制作会社である東映アニメーションの著作者人格権(公表権)が及んでいる可能性があります。さらに、この作品は、マンガを原作としているため、原作者である桂正和氏の著作者人格権(二次的著作物に対する公表権)も及びます。そして、原画・絵コンテ・脚本の中には、公表されていないものもあります。それ故、新潟大学が、これらを展示する際に、上記権利者の許諾が必要でした。現に、新潟大学が展示会に先立ち許諾を得た理由は、この点にあります。
なお、その後、新潟大学は、展示会の記録動画を本事業の特設サイトに掲載していますが、当該行為は、著作物の「公衆送信」(同法23条)に該当するので、この点についても別途許諾を得ています。
以上の権利処理によって、「渡部コレクション」を画像データとしてデータベース化したり、展示会を行うことが実現されています。この取り組みだけでも、複数の権利の性質を把握し、どの権利者との関係で許諾を得るべきかを検討する時間と労力は、相応に求められていることが窺われます。
補足:現行法制度上の課題
以下では、権利処理について分析する過程で見えてきた、アニメ中間素材のアーカイブと利活用に関する現行法制度上の課題についても補足します。
①アーカイブ
現行法上、アーカイブを促進する制度として、以下のものが挙げられます。
法律 | 内容 | 適用対象 |
---|---|---|
国会図書館法 | 出版物が発行された場合における国立国会図書館への納入(納本制度、24条~25条) | 出版物 |
国等によるインターネット資料及び民間により提供されるオンライン資料の収集のために必要な複製(25条の3、25条の4) | インターネット上に公表された資料 | |
公文書管理法 | 特定歴史公文書等の保存(15条、16条) | 公文書 |
著作権法31条 | 図書館等(国立国会図書館、公共図書館、博物館、美術館を含む)による、欠損・汚損部分の保管や損傷しやすい古書等の保存のための図書館資料の複製(1項2号) | 図書館資料 |
国立国会図書館による納本された図書館資料の原本の滅失、損傷、汚損を避けるためのデジタル化による複製等(6項) | 同上 | |
同法42条の4 | 公文書館による、公文書管理法に基づき必要な、歴史公文書等の保存のための複製等 | 公文書等 |
まず、国会図書館法は、頒布を目的として発行された出版物を提供対象としているため、出版が想定されていないアニメ中間素材は、本法の対象外です。
また、公文書館法が扱うものは公文書等(国の行政文書等)であるため、同様にアニメ中間素材が適用対象となる可能性は低いでしょう。
一方、著作権法31条による複製等は、「図書館等」が行う「図書館資料」を対象としており、アニメ中間素材もアーカイブの対象になり得る余地はあります。もっとも、この「図書館等」には、国立国会図書館、公共図書館、大学図書館、博物館、美術館などが想定されています(著作権法施行令1条の3)。そのため、大学図書館は格別、今回のように、学術利用を行おうとする大学がアニメ中間素材を利用する場合にまで適用が及ぶと考えるには、やや解釈が広いように思われます。それ故、いずれの制度もアニメ中間素材のアーカイブに資するとは、直ちには言い難いのです。
②利活用
著作権法には、著作権者の許諾がなくても利用を認める権利制限規定が存在します。例えば、アニメ中間素材の利活用に関連し得るものとしては、所有者による美術の著作物の原作品による展示(45条1項)のほか、非享受目的による利用(30条の4)、美術の著作物の展示に伴う複製(47条)などが挙げられます。
もっとも、権利制限規定は、著作者人格権に影響を及ぼしません(50条)。そして、特にアニメ中間素材は、原作を扱う二次的著作物であることが少なくありません。そのため、アニメ中間素材をアーカイブする際には、原作者の著作者人格権との関係で、苦労するケースが生じ得ます。
その他、令和5年通常国会により成立した改正著作権法 では、迅速な著作物等利用を可能とするため、新たな裁定制度の申請受付、要件確認及び補償金の額の決定に関する事務の一部について、文化庁長官の登録を受けた窓口組織(民間機関)が行うことができるとする制度が設けられました(改正後104条の33)。
また、未管理公表著作物等(集中管理がされておらず、利用の可否に係る著作権者等の意思を円滑に確認できる情報が公表されていない著作物等)を利用しようとする者は、著作権者等の意思を確認するための措置をとったにもかかわらず、確認ができない場合には、文化庁長官の裁定を受け、補償金を供託することにより、裁定において定める期間に限り、当該未管理公表著作物等を利用することができる制度も設けられました(改正後67条の3)。
アニメ中間素材の中には、上記制度によってその利活用が促進されるものはあると思われます。もっとも、「渡部コレクション」のように、中間素材が多数存在する場合、上記制度が適用し得るかを個別に確認するには、相当の時間と労力がかかることが懸念されます。また、前記裁定制度は、公表又は公衆に提示等された著作物であることが要件とされているため、この要件によって、別の方法を検討せざるを得なくなることが想定されます。
今後、アニメ中間素材の特性や学術利用という側面に着目しつつ、アーカイブ及び利活用のための法制度の在り方を検討することも重要です。
文化庁「令和5年通常国会 著作権法改正について」(閲覧日2023年12月14日)。なお、施行日は、公布日である令和5年5月26日から3年を超えない範囲内で政令で定める日とされている。