アニメ中間素材とその保管についての課題
アニメ中間素材とは?
アニメは、分業化が徹底された多くの工程に、多数のスタッフが参加して制作されます。それぞれの工程からは無数の素材が生まれます。たとえば、作画工程からはレイアウト、背景画、原画、動画、セル画などが、録音工程からはアフレコ台本やリハーサルビデオなどが産出されます。新潟大学アニメ・アーカイブ研究センターでは、これらの素材を「中間素材」と呼びます。
アニメ制作会社では「中間成果物」や「中間生成物」とも呼ばれています。「渡部コレクション」調査・協議事業は、それらが、物理世界に確固たる容量をもって存在する有体物の集積である事実を重んじ、「モノ」としての側面を強調する「素材」という表現を採用しています。
図1、アナログ制作全体図(渡部英雄氏作成)
アニメ中間素材を保管することは難しい
ながらくのあいだ、中間素材は制作が完了すると不用品として廃棄され、散逸してきました。それは、中間素材の量が膨大になることに起因しています。30分ものの連続テレビアニメ一話分を制作するにあたり、高さにして150センチ程度の中間素材が生まれます。通常、制作には複数の制作会社が参加し、作業は工程ごとに元請けから下請け、さらに孫請けに発注されていきます。設定や絵コンテ等も、その都度コピーされ、スタッフに配布されます。制作終了後には、配布した中間素材の回収と廃棄が必要になります。それを徹底するには相応の経費と人員が必要ですが、保管のコストは、製作契約上になく、制作会社のみが負っています。そのため、中間素材の管理を徹底したくてもできない現実があります。
2023年現在、政府によるガイドラインの策定(経済産業省「アニメーション制作業界における下請適正取引等の推進のためのガイドライン」(令和元年8月改訂)、文化庁「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)」(令和4年7月27日)等)や、企業における契約実務の浸透などと相まって、制作会社とクリエイターが交わす契約には、中間素材の取り扱いが明記され、管理が徹底されつつあります。もちろん、社内で中間素材のアーカイブを整備し、知的財産として管理している制作会社も多数存在しています。
1970年代から90年代の中間素材の扱い
しかし、「渡部コレクション」が形成された1970年代から90年代は、現在とは異なる状況がありました。当時のアニメ制作に参加したプロデューサー、クリエイター、監督に次のふたつの問いを尋ねました。
- 中間素材は制作会社においてどのように認識されてきましたか。
- 中間素材の管理はいつから、どのように行われてきましたか。
回答をみてみましょう。
竹内孝次氏(元・テレコムアニメーション代表取締役、プロデューサー、東京アニメアワード・フェスティバル・ディレクター)
ゲーム会社と仕事をした際に、ゲーム会社がすべての中間素材もゲーム会社のものだと主張した。それが、中間素材を初めて意識した時であったと記憶している。このゲーム映像はオリジナルに近いキャラクターデザイン作りのものだったので、その際の契約では、中間素材を塩漬けにした。契約書で、「あなたも私も最終納品物以外を使うときには、お互いに改めて協議する」という一項をいれた。これは具体的には、双方が勝手に使えないということになる。しかし少なくとも、「あなただけのものではない」ということを明記できる。ただ、このような交渉は時間と手間がかかり面倒だし、相手とのパワーバランスでは圧倒的に制作会社が不利なので、今はこうした条項の無い契約書で、中間素材も製作委員会が管理することが明文化されている。
80年代は、制作会社がセル画を販売することは珍しくなく、販売ショップを経営していた制作会社もある。中間素材は制作会社のものだという認識で販売されていた。なお、セル画は本編と同じ絵であるため、ファンやマニアには人気が高く、需要があったからだ。泥棒が制作会社に入り、セル画を盗られることも頻出した。
神村幸子氏(クリエイター)
駆け出しの頃(70年代後半)は、中間素材の管理は、制作会社の上層部の誰かが行なっているかもしれない程度にしか考えておらず、ただ仕事をこなすことに精一杯だった。アニメ制作業界には競合他社がひしめいているが、小規模の会社と、多くのフリーランスから構成されているため、互いに仕事を融通したり、助け合ったりする。いわば「ひとつの家族」のような業界である。そのため、中間素材すべての返却を求めるディズニー社とは異なり、各種中間素材の取り扱いも非常におおらかであった。
アーカイブという概念のもとに、組織的に中間素材管理をおこなったのは、プロダクションI.G(2002年にプロダクションI.G社の15周年事業として同社の中間成果物の整理が着手された。以降、同社の山川道子氏が率いるアーカイブチームが実践してきたアーカイブ手法が、アニメ・アーカイブの基本方法のひとつとされている)が初めてだと記憶している。
2000年代後半から、ネットやその他オークションで中間素材が高値で売買されることが目立ってきた。「さすがにそれはやりすぎだろう」ということで、中間素材の管理が進んだのだと思う。2010年前後に、配布される資料にナンバリングが施されたと記憶している。
山賀博之氏(監督)
ガイナックス社は80年代から社内で中間素材を社内で管理していたが、それは当時のアニメ制作業界では珍しいことだった。アニメ制作業界では、スタジオジブリによる中間素材の管理がひとつの基準であると目されていたと思う。2010年代初頭ごろには、業界全体でアニメ中間素材の管理がされるようになってきた。原因は複数あるが、諸事を「きちんとしたい」人々がアニメ製作に参入してきたこと、またオークションで中間素材が売買されるようになってきたことが大きいと思う。
関係者証言から判明するのは、以下の点です。
- 2000年代前半までは、各クリエイターに配布した資料や各制作工程から産出される中間素材の管理を、制作会社が組織的に実施することは稀であった。
- いっぽうで、ファンからの需要が高いセル画は、制作会社が管理し、ファンに販売もしていた。
- ゲーム制作会社がアニメ製作に進出するなど、他業種との連携が深まり、アニメ製作業界の規模が拡張する過程において、それまでの中間素材の管理状況が見直され、強化されていった。
- 2000年代後半に入ると、ネットをはじめとする各種オークションでの中間素材の売買が急増し、中間素材の管理を制作会社に促す要因になった。