渡部英雄氏と「渡部コレクション」形成過程

渡部英雄氏の経歴と職歴

1970年代なかば、日本大学芸術学部の学生であった渡部氏はアニメ撮影会社であるスタジオ珊瑚礁でアルバイトを務め、卒業後に同社に就職しました。以降、グリーン・ボックス、東映動画(現・東映アニメーション)にて、制作進行兼演出助手として、TVシリーズ『一休さん』(1975-82)、『SF西遊記 スタージンガー』(1978-79)に携わりました。また、日本サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)、タツノコプロ等の制作会社からも多くの仕事を受注してきました。以上の経歴のなかで、渡部氏は、撮影、編集、原画、制作進行、演出など、アニメ制作における多様な業務を務めてきました。

渡部氏が制作に参加した主な作品には、『宇宙大帝ゴッドシグマ』(1980)『わが青春のアルカディア 無限軌道SSX』(1982)『夢戦士ウイングマン』(1984-85)『GIジョー』(1984:日米合作)『11人いる!』(1986)『北斗の拳2』(1987)『機動戦士Zガンダム』(1985) 『機動戦士ZZガンダム』(1986)『銀河英雄伝説』(1991)『新世紀エヴァンゲリオン』(1995)などがあります。

また、1997年からは、渡部氏は日本工学院八王子専門学校、湘南工科大学、桜美林大学などで教鞭を取り、後進育成をおこなってきました。

中間素材保管状況とその目的

記事2「アニメ中間素材とその保管についての課題」で述べたとおり、2000年代前半まで、アニメ制作会社とクリエイターの間に、厳密な取り決めはなく、中間素材が誰のものかが契約書で明示されない状態が生じていました。そのことは、中間素材を管理する意志を持つクリエイターが手元に置くことができたことを意味します。

①渡部氏が参加した1970年代半ばから90年代半ばの制作現場

1970年代半ばから90年代半ばまで、渡部氏が参加したいずれの制作現場においても、制作会社(元請・下請け含む)から作業のために配布される絵コンテや各種設定等は、ナンバリングされることもなく、コピーされ、スタッフに配布されていました。元請から下請へと業務が発注される際も、同じであり、コピーからコピーも作成されていました。

中間素材の取り扱いについての取り決めはとくになく、渡部氏は回収の手順や廃棄の指示も受けたことはありませんでした。また勤務する制作会社が担当する他作品の中間素材についても、担当者の了承を得れば、入手することができました。アメリカを中心とした海外からの受注作品においても同様の状態にありました。

原画に関しては、一旦その話数が納品されてしまうと、ゴミとして廃棄されることが暗黙のルールでした。渡部氏自身が演出助手を担当した連続テレビアニメ『夢戦士ウイングマン』(1984-85)第12話の原画も、ゴミとして処分されるはずでした。しかし、原画とタイムシートの関係からは、同作品のシリーズ・ディレクターを務め、渡部氏が師と仰ぐ勝間田具治氏(*)の細かい演出手法がわかるため、捨てることができなかったのです。演出家としての自己研鑽のために、渡部氏は、第12話の原画および作監修正、タイムシートを、絵コンテと脚本とともに手元に置き、2016年に新潟大学に寄託するまで自宅で保管してきました。

(*)『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978)、『宇宙戦艦ヤマト 完結編』(1983)をはじめ数々の劇場版を監督し、東映動画の巨匠として名高い。

②90年代末からの専門学校等での教育現場

「渡部コレクション」には、渡部氏が制作に参加していない作品の中間素材も含まれています。それらの保管状況は、アニメーターの育成と深く関わっています。

1997年から、渡部氏はアニメーター養成専門学校である日本工学院八王子校に教員として勤務しました。渡部氏は自身が保管する中間素材を、学生のための一級の教材であると考え、その取り扱いについて十分注意したうえで、講義や実習で使用してきました。日本工学院八王子校の同僚には、作画監督を務める教員たちもいました。彼らも渡部氏と同様に、自身が参加した作品の中間素材を教材として用いていました。学生への指導を円滑に行うために、同僚間で情報を共有するなかで、同僚が教材として使用する中間素材を譲り受けることが何度かありました。

教育という目的

渡部氏へのインタビュー調査から判明するのは、「渡部氏本人が参加した1970年代半ばから90年代半ばの制作現場」と「90年代末からの専門学校等での教育現場」の双方において、「教育」という共通の目的があるという点です。前者は、自分自身への教育、つまり職業人として成長するための自己研鑽であり、後者は後進の育成である。渡部氏は現場で使用された中間素材を、クリエイターの制作能力を涵養し、向上させるために必要な「教材」としてみなしており、中間素材を教育現場で使用することがアニメ業界の維持・発展のために必要であると考えています。

渡部氏は次のように発言しています。

  • 中間素材は、長らくゴミとされ、捨てられてきた。しかし、自分にはとてもそう思えず、自身の手元で持ち、それらの素材から演出や原画について学んできた。そうしたことは、アニメ産業にとって大切なものを守ってきたことになるのではないか。
  • 中間素材は一級の教材であり、自身の研鑽にくわえ、後進育成には大変有効である。
  • 2003年に日本大学大学院に入学し、アニメーションの表現と歴史を研究し、修士論文「『英語能ハムレット』のアニメーション制作」(2006)にて学位を取得した。その後博士後期課程に進学し、日本アニメーション学会に入会して、アニメーション研究を継続している。このようにアニメについての学術研究に自身を導いたのも、中間素材からの学びに負うところが大きいと感じている。
  • 2000年代後半には、ネットオークション等でセル画や原画などの中間素材が売買されることが問題になってきたが、教育現場での中間素材の使用は、そうした売買とはまったく異なるものだと認識している。
  • 中間素材のアーカイブがいずれ「国会図書館」のようになり、アニメ制作を支える機関のひとつになってほしいと願っている。
神村幸子氏の意見

中間素材の保管と利用についての渡部氏の意見は、他のクリエイターにも共有されています。大学における後進育成の経験をもつ神村幸子氏は、中間素材のアーカイブについて次のように語っています。

  • 後進育成と指導にとって、クリエイターが現場で作成した中間素材を用いることは、非常に有効である。多くの制作会社がアニメーターの人材育成を、外部の教育機関に任せている現状がある。著作権法35条が適用される教育機関の場合では、中間素材の使用は容認されるべきだと考える。
  • 中間素材は膨大な点数にのぼる。それを保管するのは、個人はもちろん、制作会社にとっても大変な負担である。残したくても、残せない実情がある。保管にはコストがかかるため、制作会社が残すものと捨てるものを選択するのは、企業判断として当然である。しかし、一人のクリエイターとしては、残っているものは全部残すべきだと考えている。すべてのアーカイブは人類にとっての財産になる。あらゆる過去の遺産がデータ化され、メタバース空間に存在する未来がある。夢を語れば、一千年後のメタバースライブラリーで、アニメ原画を見つけた少女が、その絵の素晴らしさに感動し涙する。そうした可能性がアニメ中間素材のアーカイブにあると思うし、それはクリエイターにとって非常にありがたい。

中間素材についての渡部、神村両氏の見解からは次の観点が窺えます。

  • 中間素材の多くが廃棄や散逸を免れ得ない事情を理解しつつも、中間素材を保管する手立てを講じたいという思い
  • アニメ制作のみならず、アニメ文化の継承について、中間素材とそのアーカイブが貢献できるという確信

両氏の意見に共感するクリエイターは少なくないのではないでしょうか。

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