学術利用から生まれる新しい価値づけを目指して

許諾申請におけるハードル

日本動画協会による、国産アニメ100周年記念プロジェクト『アニメNEXT_100』の集大成「アニメ大全」の責任者であり、日本動画協会データベース・アーカイブ委員会・委員長である植野淳子氏は、「アニメ大全」実現の動機について、「アニメを埋蔵文化にしないためにデータベースとアーカイブは一体である」からだと述べています。

「アニメ大全」は、1917年から2023年10月現在までに制作されたアニメ、15,632作品、180,632エピソードに関する基本データを登録し、「 1.日本のアニメーション史を網羅しアカデミックな見地から検証できる基盤、2.日本のアニメアーカイブのマスターデータベースとしての役立ち、3.日本のアニメ文化=産業を創出してきた方々や組織の多様な職域・技術・組織の変遷を未来へつなぐメタデータの標準化、4.日本アニメの未来を担う人材育成基盤としての利活用、5.日本のアニメのチカラを世界へ、更に未来へ訴求」を実現するために作られました。

新潟大学アニメ・アーカイブ研究チームも、廃棄と散逸を生き抜いた中間素材をただ保管すること、つまり「埋蔵」してしまうことは、極力避けるべきだと考えます。そのためにも、中間素材のさらなる学術利用が望まれるのですが、学術利用の推進には、以下の3点の困難が伴います。

①申請窓口のわかりにくさ

中間素材の学術利用許諾申請を考える研究者が直面するのは、許諾の担当窓口が不明であることです。「渡部コレクション」内の中間素材利活用に関しては、渡部氏がクリエイターとしてのネットワークをいかして、新潟大学アニメ・アーカイブ研究チームを制作会社の担当窓口に繋ぎました。さらに、本事業アドバイザリーボード・メンバーからの紹介によって各社担当者に連絡を取ることもできました。しかし、こうしたネットワークはあくまでも属人的なものにすぎず、誰しもが可能なことではありません。

②複数のステークホルダーへの申請

利用許諾申請が制作会社一社のみで完了しない場合も少なくありません。たとえば、マンガを原作とするアニメについては、原作者、出版社からの許諾も必要です。

アドバイザリーボードの議論のなかで竹内孝次氏は、音付き完成映像が最終成果物である限り、「マンガ原作者の権利のうちにアニメの中間素材が入るのかどうかは再考すべきではないか」と問題を提起しています。中間素材がアニメの制作工程から生まれていること、また「渡部コレクション」が形成された1970年代から90年代において中間素材の扱いが契約書に明記はされていなかったことに鑑みると、当時の中間素材に関する学術利用許諾申請については、より簡略に進める方法が存在するかもしれません。しかし、そのいっぽうで、現行のアニメ製作における制作会社と原作出版社との関係性に即して学術利用申請をおこなったほうがよいという意見もあります。

③担当者の業務負担

中間素材の学術利用申請に対する許諾作業は、制作会社の通常業務の範疇にはありません。学術利用許諾申請のための窓口が業界の外部から見えないという現状からも、それがイレギュラーな対応であることが窺えます。くわえて、許諾作業が制作会社だけで完結しない場合には、制作会社の担当者が、申請者に代わって他社に申請を取り次ぐこともあります。学術利用申請とその許諾に関連する業務は煩雑です。くわえて、これまでのところ制作会社にとってビジネス上の利益はほぼありません。

学術利用から生まれる付加価値

中間素材の学術利用は、申請者にとっても、許諾を与える著作権者にとっても、負荷の大きい作業です。その負荷をできるだけ軽減し、利活用を促進するには、制作会社、各種ステークホルダーが連携するより大きな体制の構築が求められます。その詳述は記事11「「文化財」としてのアニメ中間素材保管と利活用推進に向けて」に譲り、まずは中間素材の学術利用から生み出される可能性のある価値について述べます。

あるステークホルダーは「通常のビジネスとは異なる業務にどんな付加価値が見出せるのか」と問うと同時に、「現在は制作当時に想定ができなかったほど、コンテンツの寿命が延びている」と指摘しました。この問いと指摘は、学術利用が生み出す価値を考えるにあたって非常に示唆的です。新潟大学アニメ・アーカイブ研究チームは、積極的に中間素材展を開催してきました(記事6「新潟大学における「渡部コレクション」の学術利用② 中間素材展示会」)。 その経験からは、中間素材が、多様な人々にとって、アニメを知る契機になっていることに確信をもっています。

そして忘れてはならないのは、海外の動向です。現在、海外でアニメに興味をもつ人々は、数で国内ファンを圧倒していますが、アニメの楽しみ方、アニメとの向き合い方も実に多彩です。たとえば、メディア・アートのひとつとしてもアニメを楽しみ、批評し、研究する層が確実に存在しています。海外および国内でアニメ中間素材に焦点を当てた展覧会(たとえば「アニメ背景美術に描かれた都市」(2023年6月17日〜11月19日谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館))を、メディア・アートの観点からキュレーションしてきた明貫紘子氏は、国内で現在主流となっている作品単体や、クリエイター個人に焦点を絞った企画以外にも、キュレーションの可能性は広がっていると述べ、海外のオーディエンスはそうした企画に高い関心を寄せていると指摘しています。だとすれば、研究者がネットワークをいかして、学術研究の視点からキュレーションされた中間素材展を海外において企画・開催することは、コンテンツの価値をグローバルに高めることにも貢献できると考えられるでしょう。

コンテンツに新しい価値づけが期待できる学術利用を促進するためにも、中間素材利用申請許諾の仕組みづくりが、望まれるところです(記事11「「文化財」としてのアニメ中間素材保管と利活用推進に向けて」)。

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