【コラム】産業化遺産を巡る—『英国王のスピーチ』のワンシーン—

2021年11月09日
トピックス 特集 住民参加PJ

Covid-19が猛威を振るう前、イギリスを訪れるのが年中行事の1つであった。またそんな日が訪れることを切に願ってやまない。
さて、『英国王のスピーチ』(原題: The King’s Speech)という映画をご存じだろうか。コリン・ファース演じる吃音症に悩むヨーク公、後のジョージ6世とジェフリー・ラッシュ演じる言語聴覚士のライオネル・ロークの患者とセラピスト、王と臣民という関係を超えた交流をエドワード8世の退位(退位後ウィンザー公)に伴う即位と第2次世界大戦の開戦を軸に描いたこの映画は世界中で大ヒットし、ファースがアカデミー賞主演男優賞を受賞したことで記憶されている方も多いのではないだろうか。この映画の冒頭37分ぐらいのところで、ヨーク公がヘレナ・ボナム=カーター演じるエリザベス妃を伴って織物工場で「お言葉」を発するシーンがある。ロークのセラピーを受け始めて間もないヨーク公は思ったように発語ができず落胆する。そのシーンが撮影されたのが、掲載の写真の場所である。このクイーン・ストリート織物博物館(Queen Street Mill Textile Museum)は、プレストン(Preston)とリーズ(Leeds)のちょうど中間にあるバーンリー(Burnley)という町に位置し、世界で唯一19世紀の蒸気エンジンによる織機が現役で稼働する状態にある博物館である。産業革命と称される時代、イギリスの綿織物の中心となったランカシャー地方といった方が分かりやすいかもしれない。プレストンにあるランカシャー県立公文書館に資料収集で訪れた際、またまたこの博物館を立ち寄ることになったが、不覚にもここが映画に使われたことを知らなかった。ファインダー越しの画像で「あっ!」と気がついた。ただし、あのシーンと大きく違ったのは、音と当たり前ながら匂いである。王のお言葉を聞こうと織工たちが息を詰めて見つめるシーンでは織機やそれを動かす蒸気エンジンはことりとも音を立てない。これに対して、実際の織機の動く音はガチャンガチャンとすさまじい。それでもこの工場は小規模でかつてのこの地方の平均的な規模からすれば1/3だそうだ。その轟音とともに鼻をつくのは機械油の匂いで、かつては油質が悪くより不快な匂いだったようである。そんな中で働く織工は早いうちに耳をやられたという。
そんなことに思いをはせながら、今一度この映画を見てみると、雲の上の王が発するお言葉に織工たちが拍子抜けする表情がより理解できるような気がする。やはり、現地を見てみないとわからないことも多い。そんな経験について、折に触れてお話しできればと思っている。(文責:馬塲 健)

 

関連リンク:
原子力に関する国境を越えた住民参加システムの構築に向けた国際共同研究