【鼎談】未来へつなぐ共同研究「アニメ・アーカイブ」 石田美紀 × キム・ジュニアン × 鈴木潤

2020年09月30日
特集 アニメ

写真:キム先生、鈴木さん、石田先生

日本のポピュラー文化として近年は国内外から注目されているアニメ。しかしアニメ文化が脚光を浴びる中、それが作られる過程で生まれるセル画や絵コンテなどはこれまで適切な管理や保存がされず、その多くがゴミとして捨てられてきたそうです。しかしこれらの「アニメ中間素材」に着目し、管理・保存を行いながら様々な分野への幅広い活用を試みることで国内外から評価を受けているのが「アニメ・アーカイブ研究センター」です。このセンターの活動や今後の展望について取材しました。

行き場のない「アニメ中間素材」。アーカイブ研究センター設立の経緯

――新潟大学でなぜこのプロジェクトが可能になったのか、その経緯を教えていただけますか。

石田 はじめの一歩はキム先生のご縁です。

キム 2012 年にソウルで、メカデミアという日本のサブカルチャーに関するコンファレンスが開催されたときに、アニメ演出家として活躍され、また日本アニメーション学会員としても活動されている、アニメ研究者の渡部英雄先生が講演されました。そのときに、渡部先生がアニメ中間素材を見せてくださったんです。私もそこで初めてその所蔵のことを知り得たわけですね。2014年に私が新潟大学に着任して、渡部先生に資料のことをまた伺う機会があったのですが、「受け取ってもらえますか?」という感じでお申し出いただいたのです。

石田 それで、2015年の夏ですよね、当時渡部先生がおられた湘南工科大学に資料を見に行ったのは。渡部先生がそろそろご定年で、仕事で使われていた資料の引き取り先を探されていたんです。渡部先生がご自宅に資料を持って帰ってもたぶん…

キム ゴミに。

石田 処分されてしまう可能性が高かったんですね。いろんな所に声をかけられたようですが受け手が見つからず、引き受け手が新潟大学ぐらいしかなかった。

キム アニメ中間素材の受け入れ先は、なかなか十分ではない状況があるんですよ。

一人では成しえなかった研究も、新潟大学だからできた

石田 2016年に、渡部先生からお預かりした中間素材を「渡部コレクション」と命名し、アニメ・アーカイブ研究センターを人文学部の研究グループとして立ち上げました。キム先生がアニメーション研究の専門家であり、私も映像研究をしていますから、アニメ中間素材に興味のある教員が学内に少なくとも2人いて、協力できたことが、大きかったですね。渡部先生は現在センターで預かっている中間素材の5分の1ぐらいを送ってくださり、最初はキム先生とどうやってカタログを作っていったらいいのか、どうやったらデータベースになるのかと相談しながら、スキャニングも自分たちで行っていました。

キム スキャニングはデジタルで保存するためでしたが、最初の頃は機材とか揃えながら、いろいろ試していましたね。

石田 鈴木さんにアーキビストとして加わってもらったのはいつからでしたっけ?

鈴木 2017年4月からです。私自身も、専門は実写映画でありますが、脚本などの中間素材の調査を行ってきました。

石田 鈴木さんはなによりも本当に資料の整理の仕方が完璧で、アーカイブ活動に必要な人材です。2017年にキム先生が科研費基盤C(学術研究を推進する日本学術振興会の研究助成金)を獲得されて、今年度は基盤Bも採択されました。その間ずっとアーカイブ活動に従事している鈴木さんは、アニメ中間素材のアーキビストとして大ベテランっていう感じです。

――いろいろな人の関わりがあって、育ってきた研究なんですね。

石田 ひとりではできなかったですね。別の大学だったら絶対できてないですね。

キム たぶんひとりでしようとしたら自分の研究室に全部溜め込んで、ひとりでコソコソする感じにしかできなかったと思います。

出会いとつながりを大切にしながら大きくなったプロジェクト。試行錯誤の中で変化する活動内容と進展とは?

キム 2017年にはガイナックス社 [1] と協力し、劇場長編作『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987)の中間素材の整理とデジタルデータ化を行い、八王子夢美術館で開催された同作の展覧会にも参加することになりました。

石田 渡部コレクションだけでなく、様々な活動に参加することになりましたね。
そういった実践を経ながらここ数年で、資料のアーカイブ方法も随分整理されてきました。

鈴木 なにしろ、資料の点数がとても多く、デジタルデータを作成するだけでは不十分です。その後、データをデータベースとして活用するにはどうすべきかという問題に取り組んでいます。データの取り方の設定もいろいろ調整しているのですが、いまだにこの研究センターのアーカイブの技術的なルールは検討中です。先生方にも伺いながら、試行錯誤中という感じです。

キム 何がわたしたちのアーカイブにとっていい方針なのか、その実験的なプロセスそのものが研究の題材になると思いますね。その上で、どういう価値、評価ができるのかを関連分野の専門家の先生方と共有しながら知見を集めていきたいというところなんです。現在、情報工学の専門家である今井博英先生の協力を得て、学内限定のデータベースに向けての検索システムを開発しています。これからどんな風に発展させられるのかと期待しています。

――この部分が展望でもあり課題でもある部分というわけですね。

キム そうですね。はい。

著作権問題とアニメ・アーカイブ…関連業界に信頼してもらえる研究がしたい

石田 大きな課題としては、著作権の問題があります。
アニメ中間素材をみていくと、アニメ作品は誰かひとりのアーティストの名前に帰せるようなものではないことがわかります。非常に多くの人々の参加があってアニメは出来上がります。したがって、著作権の権利も複雑になっています。

キム アニメ業界はマンガ業界ともつながりがありますし、その業界ならではのルールとか、マナーというのがありますね。アニメ・アーカイブ研究センターの私たちとしては、信頼をされるような研究、そしてその成果を提供できればという狙いもあります。

石田 口先だけの丁寧ではなくて、本当に少しずつ信頼してもらうしかないと思っています。

アニメ・アーカイブにかける思い、「メディア考古学」としての活動

――今までのアーカイブ活動の中で、これはすごいことになりそうだ!といった発見や、学術界に限らず各産業等にも与える影響を何か予想されていますか?

石田 制作現場で使用されてきたアニメ中間素材には、そのとき何が起こっていたのかがわかる痕跡がたくさん残っています。そうした資料を直接検討できることは、ものすごく大きな意義があります。アニメ研究の視座には、法や経済、そして科学技術も含まれています。どの資料にも必ず新しい発見があります。アニメ中間素材が今後学術的にどのように活用されていくのかを、とても楽しみにしています。

キム 「アニメーション考古学」ともいえるでしょうか。物そのものを発掘していますから。アニメもしくはアニメーション研究という分野は画面上の分析になりがちなんですけれども、今の世代の映像研究においては、映像の生成段階とそれに関わっている物質にフォーカスを当てる研究、物として映像を捉える研究もかなり広がっていますね。

石田 アニメ中間素材は、アニメに愛着を強く持ってない人でも学問として参画できる資料体だと思います。絵コンテといっても、かわいいキャラクターが細かく描き込まれているものより、丸と点だけでキャラクターが表示されているものが多く、いろんな文字と記号が書き込まれているんです。それはマニアの方だけに向けた資料でもありませんし、そういった古い資料体を用いたアニメ研究は若い人向けの学問でもないと思います。

――アニメというだけでいわゆる「クールジャパン」、「サブカルチャー」みたいな。

石田 確かにアニメは国の内外からいろんな関心が持たれている領域です。でも、ただ単に珍しいことをしているとか、人気取りをしているとか思われたら、ちょっと悔しいですね。

キム そうですね。入口としてはやはり魅力的な分野だとは思いますけれども、実際研究となるとかなり緻密な作業になりますよね。

各業界からの期待は原動力。成果を広く還元できるような研究を

キム やりがいを感じるのは、プロダクションI.G [2] で積極的に中間素材のアーカイブを行っておられるアニメ・アーカイブの第一人者の山川道子さんから「大学だからできる研究なんですよ」って言われた瞬間、ああ嬉しい、という。

石田 とても嬉しいですよね。

キム 期待があるんだという、そういう思いですね。

石田 それが原動力ですよね。

――協力してもらっているアニメ産業や漫画産業に還元し、貢献していくということですね。

キム そうですね。実際の成果を感じてもらって。

石田 アーカイブ活動は少なくとも害ではないって思っていただけるように。

キム むしろ益なんだ、得なんだっていうことですね。

現在や過去ではなく未来のためのアーカイブ

鈴木 私がしていること自体も、ある意味、アーカイブの対象のようなものですよね。

石田 アーカイブ化された資料のデータだけがあっても、誰が何のためにこのデータをとったのかがわかりませんよね。

鈴木 例えば、今はスキャナの設定を試行錯誤しているので、同じ資料を何バージョンもの設定でスキャンしているのですが、「試行錯誤中でした」という作業当時の背景がわからないと、「なんで、同じ資料を何回もスキャンしたんだろう?」となってしまうと思います。ただのマニアが、並々ならぬ執念でスキャンしたようにしか見えないですよね(笑)。

石田 データだけが100年後発見されたけど、その意味がわからなければ、アーカイブ活動とはいえません(笑)。データについての体系的な説明が必要ですね。

――そうですね。研究という行為自体がアーカイブの一環のような。

鈴木 だと思います。

石田 アーカイブを作ることは、過去のことを綺麗に整理しているって思われがちですが、むしろ目指すところは、未来のためのアーカイブ構築ですよね。「古いところを丁寧に守ってらっしゃるんですね」みたいに言われると、ちょっと違うかなと思います。

キム 違いますね、ええ。

石田 ずっと後の世代に向けて、未来のためにやっていると思っています。そう信じています。そう思わなければ、アーカイブ活動の現在は、地道すぎてつらいときがあります(笑)。

一同 (笑)

脚注

  1.  アニメ制作会社。『王立宇宙軍 オネアミスの翼』は同社の記念すべき第一作。
  2.  アニメ制作会社。代表作品に『攻殻機動隊』シリーズがある。

プロフィール

写真:石田美紀石田 美紀(いしだ・みのり)

新潟大学人文社会科学系(経済科学部 総合経済学科)、教授
博士(人間・環境学)、アニメ・アーカイブ研究センター共同代表。『密やかな教育-〈やおい・ボーイズラブ〉前史』(2008)で第12回新潟大学人文科学奨励賞阿部賞受賞。“Sounds and Sighs: “Voice Porn” for Women” (Shōjo Across Media Exploring “Girl” Practices in Contemporary Japan, 2019)、「アニメソング論-アニメと歌の関係」(『アニメ研究入門 応用編』、2018)など、現在は音声からアニメを研究している。同研究センターから発刊される論文集『Archiving Movements: Short Essays on Anime and Visual Media Materials V.2』には“Voice Actors Synchronised with Other Human Agents: An Analysis of the Afureko Script”(2020) を寄稿。

写真:キム・ジュニアンキム・ジュニアン(きむ・じゅにあん)

新潟大学人文社会科学系(経済科学部 総合経済学科)、准教授
アニメ・アーカイブ研究センター共同代表。著書に『イメージの帝国、日本列島上のアニメーション』(2006年、日本国際交流基金ポラナビ著作賞受賞)、『Pervasive Animation』(共著、2013年)他。現在、イギリスで発行される学術誌『Animation: An Interdisciplinary Journal』及び日本のポピュラーカルチャー専門学術誌『Mechademia: Second Arc』のアソシエート・エディター。アニメ・アーカイブ研究センターから発刊される論文集『Archiving Movements: Short Essays on Anime and Visual Media Materials V.2』には“Plastics, Cels and Anime in a Cross-disciplinary Approach”(共著 三俣哲、2020)を寄稿。

写真:鈴木潤鈴木 潤(すずき・じゅん)

新潟大学大学院現代社会文化研究科博士後期課程、研究支援者
専門は映画研究。アニメ・アーカイブ研究センターでアーキビストとして2017年から研究に携わる。研究に『「去勢する」女性たちの映画としてのJホラー:『邪願霊』から『リング』へ』(2016)や「占領期における女優・田中絹代のスターイメージ―「投げキス事件」の受容をめぐって」(『表現文化研究』第14号、2018)などがある。

取材日:2020年8月18日
取材・文/現代社会文化研究科 竹内知葉

 

関連リンク:
アニメ・アーカイブ研究